前回の記事では、炎症性腸疾患の治療においては、粘膜治癒がその治療目標となっていることをお話ししました。
この記事では、粘膜の炎症を反映する新たなバイオマーカー、ロイシンリッチα2 グリコプロテインについてお話ししたいと思います。
新たなバイオマーカーが必要とされた理由
- 粘膜治癒が重要視されてきたから
- 大腸内視鏡検査は頻回に行えないから
- 既存のバイオマーカーでは限界があるから
1. 粘膜治癒が重要視されてきた
炎症性腸疾患(IBD)の治療では、生物学的製剤の導入で、粘膜治癒(内視鏡的に炎症のない状態)を達成できるようになりました。
そして、この粘膜治癒が、長期予後の改善に重要であることが報告されています。
詳細は以前の記事にまとめています。
下記リンクをご参照ください。
クローン病や潰瘍性大腸炎では、腸管の粘膜治癒が長期予後に重要であることがわかってきています。 この記事では、その根拠となる論文をみていきたいと思います。 粘膜治癒と手術リスクの減少(2007年報告) 1990年から199[…]
2. 大腸内視鏡検査は侵襲的
粘膜治癒の評価は、内視鏡検査がゴールドスタンダードです。
しかしながら、検査が侵襲的で、患者さんの負担は大きく、頻回に行うことは困難です。
3. 既存のCRPの限界
血清C反応性タンパク質(CRP)は、既存の炎症を反映するバイオマーカーで、IBDにおける活動性評価に用いられています。
しかし、IBDの活動期にあっても、CRPが上昇しない例があることが知られています。
小括
新たなバイオマーカー
現在、炎症性腸疾患に保険適応のある新規バイオマーカーには、便中カルプロテクチンと、ロイシンリッチα2 グリコプロテイン (LRG)とがあります。
便中カルプロテクチン
便中カルプロテクチンについては以前の記事にまとめています。
下記リンクをご参照ください。
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ロイシンリッチα2 グリコプロテイン (LRG)
どんなものなの?
LRGは、レミケード®︎の治療前後の関節リウマチ患者の血清蛋白質を比較し、同定されたバイオマーカーです(Serada S, Fujimoto M, Ogata A, et al., Ann Rheum Dis. 2010; 69: 770-4.)。
ロイシンリッチリピートと呼ばれるドメインを8つ含む、約50kDaの糖蛋白質です。
CRPとの違い
CRPは、IL-6依存的に肝臓で産生される蛋白質です。
そのほかの炎症性サイトカインでは発現は誘導されません。
一方、LRGは、IL-6・TNF-α・IL-22・IL-1βなどの炎症性サイトカインによって誘導されることが明らかになっています(Serada S, Fujimoto M, Terabe F, et al., Inflamm Bowel Dis. 2012; 18: 2169-79.)。
LRGはさまざまな炎症性サイトカインで誘導されることから、より広範な疾患で、バイオマーカーとして活用できる可能性があります。
LRGと疾患活動性
これまでに、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、クローン病、乾癬などにおいてLRGが疾患活動性と相関することが報告されています。
- LRGが関節リウマチ、クローン病の活動性と相関していることを報告(Serada S, Fujimoto M, Ogata A, et al., Ann Rheum Dis. 2010; 69: 770-4.)
- LRGが潰瘍性大腸炎の活動性と相関していることを報告(Serada S, Fujimoto M, Terabe F, et al., Inflamm Bowel Dis. 2012; 18: 2169-79.)
- LRGが乾癬の活動性と相関していることを報告(Nakajima H, Serada S, Fujimoto M, et al., J Dermatol Sci. 2017; 86: 170-174.)
LRGと粘膜治癒
LRGが炎症性腸疾患の疾患活動性と相関することは明らかとなりました。
しかしながら、現在の治療目標である、粘膜治癒を検出できるのかは定かではありません。
UCを対象とした臨床研究
そこで、日本で潰瘍性大腸炎患者さん129人を対象とした臨床研究が行われました(Shinzaki S, Matsuoka K, Iijima H, et al., J Crohns Colitis. 2017; 11: 84–91.)。
この研究では、血清LRG濃度と、内視鏡的活動性(粘膜の炎症の程度)との相関を評価しています。
結果①
Matts’ grade(内視鏡的活動性)1と2とが粘膜治癒(MH)と定義されています。
結果、血清LRG濃度は、Matts’ gradeと相関していることが示されました。
つまり、血清LRG濃度は、粘膜の炎症の程度と相関することがわかりました。
結果②
MHのみられる患者さん(MH(+))では、みられない患者さん(MH(-))と比較して、血清LRG濃度が有意に低いことが示されました(*p < 0.01)。
つまり、血清LRG濃度によって、粘膜治癒のある群を検出することができる、とわかりました。
結果③
CRPが基準値内にある患者さんで同様の解析を行なっています。
CRPが基準値内でMH(-)という群は、粘膜の炎症がありながら、CRPが上がっていない群です。
CRPが基準値内でMH(+)という群は、粘膜治癒の状態で、CRPも上がっていない群です。
CRPでは区別できないこの2つの群を、血清LRG濃度によって区別できるのかどうかですが。
結果、CRPが基準値内であっても、血清LRG濃度を測定すると、MH(-)ではMH(+)と比較して有意にLRGが高いことが示されました(#p < 0.05)。
つまり、血清LRG濃度によって、CRPの上昇はないけれど、粘膜炎症のある群を検出することができる、とわかりました。
小括
★潰瘍性大腸炎において血清LRGは、CRPが基準値内の症例における、粘膜炎症を反映する代用マーカーである
まとめ
いかがでしたでしょうか。
この記事では新たな血清バイオマーカーとしてロイシンリッチα2 グリコプロテイン (LRG)をご紹介しました。
検査の適応、実臨床での位置付けや活用例、便中カルプロテクチンとの使い分けについては、また別記事でまとめたいと思います。
ではまた。